交響曲 第5番 作品100(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
一ヶ月間も更新をさぼっていました。
ファンの方、すいません(って、この音楽日記のファンいるのか?)
えっーと、
別に病気をしていたとか、
音楽を聴かなくなったという訳ではなく、
単純に、ちょっとばかり忙しかったというだけです
(言い訳がましいなあ・・・)
まあ、8月は、夏休みということで、ごかんべんを。
8月は、
映画「ミッションインポッシブル」等を観て
本は、「火花」等 10冊程度読んで(私、読書好きです)
マンドリン編曲は、モーツァルトの交響曲等をしたりして
美味しい 北京ダック食べ放題を食べたり
していました。
私「継続は力なり」という言葉が好きなので
目標の1000記事(1000曲)まで、がんばりますので
よろしくです。
さて、一ヶ月ぶりに何の曲を書こうかなあ
と思って、考えてみました。
やっぱり、久々なら、有名曲で大曲だよなあ・・・
ということで、
今日の音楽日記は、プロコフィエフの交響曲第5番です。
(えっ、そんなに有名曲でないではないですか、
というつっこみはなしです)
私、好きな作曲家は、誰?という質問は、結構苦手なのですが、
自分で作曲するとすると、どんな作曲家の作風が好きですか?
という質問だったら、まず、
ロシアの作曲家 プロコフィエフと答えます。
そう、近代的で、それで聴きやすく、で抒情的で、
ひねくれた所もあって、とっても、好きな作風の作曲家です。
さて、プロコフィエフの作曲した交響曲第5番です。
4楽章からなる45分程度の交響曲ですが、
これがね、いいんですよ。
もう、いろんな音楽が詰まっていて、それでいて、
一つにまとまっています。
第1楽章
最初に木管で歌われる主題は、まさにロシアの歌です。
でね、それがひねくれた展開するので、たまらんです。
リズムが特徴的なまったく違うモチーフも耳に残るし、
後半、重厚に響く音楽もしびれます。
第2楽章
これは、もう、最初のクラリネットの主題で、メロメロです。
いいなあ、この、いかにもスケルツォという主題。
で、近代的な響きだけど、とっても聴きやすいし、
ワクワクします
第3楽章
この美しさは、別格です。主題は、あらぬ方向に歌われる
のですが、なぜか、心に響きます。
第4楽章
さて、終楽章、主題は、ここでも、クラリネットに出るのだけど、
なんといっても、第2主題ですね。朗々と歌われるこの主題は、
いつ聞いても、気持ちがとってもいいです。
うーん、他のひねくれた旋律の中に、この主題が書けたら
それは、もう成功ですね。
最後の終わり方が、一瞬ソロになって、すぐ盛り上がって終わる
という独特なのだけど、すばらしいです。
この交響曲、時間を感じさせません。
昔、実演を聴いたこともあるけど、まったく眠くなりません。
作曲者自身も、成功作と思っていたそうです。
それに、作品100というのもいいではないですか
ロシアといえば、チャイコフスキーやラフマニノフもいいけど、
たまには、プロコフィエフの交響曲も聴きましょう。
また、違った ロシアの香りがただよっていますよ。
3つのオレンジへの恋から行進曲(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
指揮者サバリッシュさん死去のニュースがのっていた。
89歳だったらしい。
思えば、サバリッシュ指揮 NHK交響楽団の演奏は、
昔から、テレビやラジオでよく聞いたと思う。
あの穏やかな顔つきの映像のイメージからかもしれないけど、
個性的で独特という演奏ではなく、
立派な演奏というイメージがあります。
そして、演奏される曲もドイツ物が多かったと思う。
決して、崩れない演奏だったかなあ。
でも、本当は、違うという人もいる(わかりません)
さて、ということで、サバリッシュ指揮のCDをひっぱりだして
聞いてみることにした。
で選んだCDが、ドイツ物では、普通なので、
バイエルン国立歌劇場管弦楽を振ったロシア物です。
このCD グリンカ、ムソルグスキー、カバレフスキー、ボロディン
等のロシア物を振っているのですが、
まったく、ロシアの指揮者の解釈と違います。
でも、なんか、サバリッシュらしくて、そこがアンマッチで逆に新鮮です。
そんな中に、
プロコフィエフの3つのオレンジへの恋から行進曲があります。
変なファンファーレの後、
不協和音が最初から続き、鋭いリズムの1分30秒ほどのアクの強い行進曲です。
打楽器の使い方も、派手にしようと思うといくらでも派手にできる。
そして、最後の方の4分音符の和音の連続は、鋭い演奏が多い
が、
サバリッシュの手にかかると、すごく聴きやすい曲になってくる
これも才能かも知れません。
追悼だったら、得意と言われたドイツ音楽もいいのかもしれませんが、
ひょっとしたら、「俺は、プロコとか好きだったんだよな」とか
思っていたかもしれません(そんなことはないか・・・)。
ご冥福をお祈りします。
ピアノ協奏曲 第1番(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
もし、自分が作曲するなら、
この作曲家のような作品を書いてみたいなあ、
と思うことがある。
以前にも書いたけど、私の場合、
それが、ロシアの作曲家プロコフィエフなのです。
理由は、自分でもよく分からないのだけど、
多分、ベートーベンみたいな古典派の曲は、たぶん完成形みたいなものがあって、
自分で書きたいという気持ちが起こらないし、
ロマン派の曲は、聴く分には、イメージがわいて、気持ちいいのだけど、
自分が作曲するには、ちょっと気恥ずかしい(笑)
それに、なにかしらの曲に似てくるような恐怖?もあるのです。
で、バリバリの現代曲とはいうと、ごくたまに聞く分にはいいのだけど、
やはり、自分で作曲したいという気になれない。
ということで、自分が作曲したいなあ
と思う曲は、聞きやすいのだけど、ちょっとだけひねくれている
曲なのです。(えっ、それは私の性格だって・・・)
さて、プロコフィエフの曲です。
近代音楽にしては、聴きやすくて、それでいて、
ちょっと、旋律も展開もひねくれていて、
私、プロコフィエフみたいな曲を作曲したいなあ、
なんて、昔から思っています。
今日の音楽日記は、プロコフィエフのピアノ協奏曲第1番です。
この曲、3つの部分に分かれるけど、単一楽章の曲で、演奏時間15分程度です。
私、この曲好きです。
といっても、この曲で惹かれるのは、音楽のイメージや構成とかでなく、
音符の展開とピアノの響きです。
この曲、プロコフィエフの若い時の作品なので、
有名なピアノ協奏曲第3番に比べたら、
世間一般の評価は落ちるかな(評価ってなに?)
でもね、最初のピアノのオクターブの旋律といい、
音符の動きのひねくれ方なんて、とっても ある意味
モーツァルトのようにお茶目で、面白いと思いませんか?
曲は、短い序奏のあと、ピアノが主題を弾く。
これがまた、単純なんだけど、面白い。
そのあとに続く、ピアノの音の動きは、譜面を見ても、
演奏者を見ても、わくわくします。
この曲、ロシアのピアノ協奏曲だけあって、
主題を弦で堂々と弾いて、ピアノがその伴奏をフォルテで弾く
という王道の箇所が何か所かあるのだけど、
チャイコフスキーやラフマニノフと違って、
あたりまえですが、
ピアノの動きと響きが全く異なります。
そんな所が、好きなのです。
で、なにかイメージのわく音楽かというと、まったくそんなことはありません。
うーん、だけどプロコフィエフの音楽、好きなのですね
さてさて、私は、自分で作曲した曲が、ちょっとだけある
まあ、そのうちに・・・
【悪魔的暗示】作品4-4(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
初期に作曲した、4つの小品の第4曲【悪魔的暗示】です。
さて、悪魔という言葉から、どんなことがイメージされるだろう?
うーん、私には、ちょっと難しいなあ、
日本で言う、幽霊や妖怪のたぐいではないし、
地獄の閻魔様のイメージは、あるものの、舌を抜く感じではないし、
メフィストフェレスは、悪魔なのに、なんとなく、冷静なところがあるし、
小悪魔というと、かわいらしい感じだし
理工系の私としては、「マクスウェルの悪魔」や「ラプラスの悪魔」を思い出すし、
映画などで、悪の秘密結社が呼び出したり、生き返らしたりする悪魔は、けっこう弱いし(笑)
・・・等々
天使というと、イメージがわくのだけど、
悪魔というと、いろいろなイメージがあって、よくわからない。
やはり、日本人には、ちょっと、なじみがないのかも・・・
悪魔の意味をネットで調べると、
煩悩・悪・邪心などを象徴する超自然的な存在とある。
ははは、ますます、よくわからんなあ
それは、さておき、いつものように、前置きが長くなった。
曲のことを書こう。
この【悪魔的暗示】というピアノ曲、たかだか2分半程度の小品だが、
ピアノ小品というには、あまりにも刺激的な音楽だ。
曲は、不気味な低音の半音階的モチーフから始まる。
この半音階モチーフが、この曲すべてを支配しているといっても過言ではない。
和音の急速な連打
不協和音の響き
叩きつける低音のリズム
目もくらむような右手の動き、
強烈なリズム
頂点での2回のグリッサンド・・・
もう、なにがなんだかわからんうちに、ピアニッシモで、不気味に終わる。
いやいや、多分こんな曲は、若いうちにしかかけない曲想だろうなあ。
なにか、怖いもの知らずの若さを感じる曲だ。
実際この曲が書かれたのは、1908年、
作曲者18歳の時だ。
この曲、プロコフィエフの自作自演の音源があり、
ナクソスミュージックライブラリでも聴ける。
それを聴くと、プロコフィエフって、ピアノがうまいなあ。と思う。
まあ、音が古いせいかもしれないが、
ちょっとイメージは、悪魔的ではない。
この曲、私は、若さにまかして、バリバリ弾いてほしい曲のひとつですね。
最近、この曲をアコーディオンで弾いている動画を見た。
いやいや、世界では、すごい人がいるもんだ。
(でも、マンドリン独奏で、この曲を弾く人は、きっといないな
・・・というより弾かないな)
さて、ロシア物のピアノ曲をつづけようと、思ったけど、
ちょっと違う曲を書きたくなったので、次回は、全然別の雰囲気の曲です。
ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
さてさて、今日は、なぜかわからないが、
一回聴いて、とてもとても、私が気に入った曲を紹介しよう。
でもですね、なにがいいのか自分でも、よくわからないし、
人に、「この曲いいよ」とはきっと、勧めないだろうなあ・・・
でも、好きなんです。
この曲、そんなに有名でないかも知れない。(皆さん、知ってますか?)
劇的な盛り上がりもない。
ロマンティックというより、延々と、変わった旋律が奏でられる曲だし、
和声もちょっと変わっている。
初演の時は、酷評だったらしい。
でもでも、私が変わっているのかも知れないけれど、
この曲、いいんだなあ。
20分程度の三楽章の曲だけど、聴いていると、時間がすぐたってしまう。
うーんどこが気に入ったのだろう?
今日の音楽日記は、ロシアの作曲家プロコフィエフの
【ヴァイオリン協奏曲 第1番】である。
ロシアのヴァイオリン協奏曲というと、
チャイコフスキーの、それはそれは、名曲中の名曲があるのですが、
ああいう曲を期待しては、いけない。
まず、第1楽章
最初にヴァイオリンで、奏でられる叙情的な主題に一目ぼれです。
(でも決して、映画音楽的な甘美なメロディではないですよ)
その後、次から次に、変わった旋律が現れ、
徹底的に展開される。
協奏曲というより、ヴァイオリン独奏曲のように、とにかく、
ヴァイオリンが活躍する。
第2楽章
スケルツォです。
うーん、こういう奇妙な味の旋律と展開は、大好きだなあ。
楽しいのか、苦痛なんだかよくわからない
へんな音も結構おもしろい(笑)
第3楽章
ハープの伴奏が印象的な、ヴァイオリンが演奏する主題は、
これまた、奇妙ながら、とても叙情的で、なんと言おうか・・・
この楽章もヴァイオリンが、延々と主題を展開する。
しかし、私の一番好きな部分は、
この曲の最後の部分なのです。
木管楽器が、第3楽章の主題を演奏する上に、
第1楽章の主題が、すごく綺麗にトリルで装飾されながら、
独奏ヴァイオリンで演奏される。
もう、夢をみているような気分になってくる。
この曲、変わっているので、決して人には勧めません。
ヴァイオリン協奏曲なら、
もっともっと綺麗な曲もあるし、
華麗な曲もあるし、
響きが交響的な曲もいっぱいある。
でも、とっても好きな曲の一つなのです。
(私の好きなヴァイオリン協奏曲のベスト10には、確実に入ります)
なぜだか、わからないけど、好きな曲って、ありますよね・・・
なんか、今日は、変な感想の音楽日記だ。
まあ、いいか
追記
じゃあ、第2番のヴァイオリン協奏曲は?
と聞かれると、実は、こっちは、ちっょと聞くのは、苦手だったりするのです。
わからんなあ
ピアノ協奏曲 第3番(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
さて、皆さんは、神様から、何か一曲だけ、ピアノ曲を弾けるようにしてあげる
と言われたら、何の曲を選びますか?
(ははは、勝手な妄想ですから)
うーん、これは難しい。
私は、今なら、リストのピアノソナタかな
(もちろん、ベートーベンのピアノソナタ第32番、バッハ=ブゾーニのシャコンヌ
ブラームスのヘンデル変奏曲、フランクの前奏曲コラールとフーガ 等々・・・
上げればきりがありません。)
注・・・もちろん、私の腕前では手も足もでない曲ばかりですから、妄想です(笑)
では、神様から、作曲家にしてあげるから、どんな作曲家風の曲が書きたいですか?
聞かれたら、どの作曲家を選びますか?
(あくまで、作風だけで、生き方とかは関係無しとして)
うーん、これは、さらに難しい。
私は、現在の所、こんな質問がきたら、プロコフィエフと答えるかな・・・
プロコフィエフの作風は、
近代的でありながら、古典的でもあり、
複雑なようで、簡素で、
鋭角的なようで、叙情的で・・・
いろいろな要素が混じっている。
旋律も、ちょっとひねくれている。
ただ、クラッシックマニアの間では、作曲家としての評価はどうなんだろう?
マーラーやブルックナーみたいなファンは、いないかも知れない。
でも私、この人の作風は大好きなのです。
前書きが長くなってしまった。
今日は、プロコフィエフの代表作として名高い、
【ピアノ協奏曲 第3番】を紹介しよう。
プロコフィエフは、ピアノ協奏曲を5曲作曲しているが、
一番有名で人気があるのが、この3番です。
(私、一番も好きなのですが、人気は無いです)
曲は、3楽章からなる。
曲は、クラリネットのゆっくりした旋律で始まるか、
主部は、速度が速くなり、ピアノが特徴的なリズムの跳ねるような主題を演奏する。
演奏者は、この主題を 鋭く弾くか、舞踏のように弾くか、叙情的に弾くか・・・
ここで、この曲に対するアプローチが決まるとも思う。
そんな主題だ。
その後、ピアノが技巧的に扱われ、
第2主題は、変わったへんな主題だなあ・・・
途中で、序奏の主題が雄大に現れる場所は、すばらしい。
第2楽章は、変奏曲。
美しい楽章と書いてある本もあるが、
どちらかというと、荒々しい変奏曲かも
第3楽章は、プロコフェフらしいかわったリズムの主題と、
叙情的な第2主題が特徴的
しかし、ピアノの技巧は見事。
特に、最後のたたみかけるような連打は、興奮を覚える
この曲、最初に聴いた感想は、人それぞれだろう。
「近代の曲にしては、とてもわかりやすい曲だなあ」
「ピアノを打楽器のように扱う場所が多すぎるなあ」
「思ったより、叙情的な旋律が多いなあ」
「なんか、ちょっと変な感じで、わかりにくいなあ」
「ロシア的名曲だなあ」
「ロシア的な感じがしない」
「近代のピアノ協奏曲としては、傑作だ」
「近代のピアノ協奏曲としては、物足りないなあ」
等々
そう、聴く人によって、かなりイメージが違うと思う。
それに、この曲の演奏も、技巧的に派手派手な演奏もあるし、
叙情性を前面に出した演奏もあるし、
テンポも一本調子なものから、かなりゆらした演奏もある。
私、どんな演奏でも、この曲、好きなのです。
そこが、プロコフィエフの作風の好きなゆえんなのです。
さてこの曲に関する、うんちくを2つほど
皆さん、この曲の第3楽章に、ピアノの特殊奏法?があるのを知っていますか?
(いえいえ、ランランみたいに、ミカンを使用するなんてことは、ありません(笑)・・・わかるかなあ)
(そう言えば、動画サイトで、ランランが、プロコのこの曲を踊りながら練習している
動画がありますね。すごいです)
ちょっと横道にそれてしまった。
それは、3楽章の312小節目からでてくる。
譜面を見ただけでは、なんてことないのだが、とても弾きにくいと思うなあ。
それは、以下のような奏法だ。
右手の1の指で、レとミを同時に押さえ、
次ぎに、2の指で、ファとソを同時に押さえ
次ぎに、3の指で、ラとシを同時に押さえ、
次ぎに、4の指で、ドとレを同時に押さえ・・・・・
こうして、重音の音階をかなりのスピードで弾く奏法だ。(右と左で・・・)
常に、鍵盤の音の間を押さえるので、感覚が狂うと思うのだけどなあ。
プロのピアニストは、このくらいは、全然平気なんだろうなあ・・・
さて、このピアノ協奏曲 第3番は、作曲者自身の録音が残っている。
(ナクソスでも聴けます)
思ったより、鋭角的な演奏でないので、ちょっと驚きますね。
さて、プロコフィエフは、以下のような言葉を残しているらしい。
うーん、納得する言葉です。
「複雑な音楽を作曲することより、簡単な音楽を作曲する方が難しい」
(記憶で書いているので、ちょっと違うかもしれません・・・)
【ロメオとジュリェット】より騎士たちの踊り(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
さて、久々の音楽日記である。
マンドリンの演奏会も終わり、やっと、一息ついているところである。
でなんで、今日は、この曲かというと、
実は、マンドリン演奏会のアンコールで、3曲演奏した。
一曲目は、ユー・レイズ・ミー・アップ
二曲目は、Dear WOMAN
そして、三曲目、
最後は、いつもは、派手なポピュラー曲で終わるのだが、
今年の演奏会は、予想外ということで、プロコフィエフ作曲
【ロメオとジュリェット】より騎士たちの踊り をマンドリンで演奏した。
ということで、今日の音楽日記は、プロコフィエフ作曲の
バレエ音楽【ロメオとジュリェット】より騎士たちの踊り である。
この曲、今では、とても有名だ。
その1・・・なんといっても、ソフトバンクの予想外のCMで使われている。
これが、映像にぴったりなんだなあ。
その2・・・音楽好きな人は、「のだめ」を見てますよね。
言うまでもなく、ミルヒーが出てくる場面の音楽ですよね。
いやいや、このBGMもなんとなく合っているのがおそろしい。
原曲は、バレエ音楽【ロメオとジュリェット】の中で、
騎士と貴婦人が踊るダンスである。
とても、単純なリズムと旋律なのだが、プロコフィエフの手にかかると、
近代のクラッシック音楽として、きわめて、独特で印象的な音楽に変化するから、驚きだ。
この音楽は、一度聴いたら、耳から離れないだろう。
私は、重々しく、ちょっと、ゆっくりの演奏が好きだ。
(スコアでは、四分音符=100だけど・・・)
この踊りは、バレエでは
「クッションダンス」とか「座布団の踊り」と言われているらしい。
見たことはないのだが、座布団を持って踊る振り付けだそうだ。
これは、ちょっと、実演を見たいですね。
しかし、このプロコフィエフの【ロメオとジュリェット】は、
最初は、悲劇ではなく、誰も死なないというハッピーエンドのバレエだったらしい。
しかし、さすがにそれはないよなあ。
(その時のロシアの社会情勢もあったと思うが・・・)
もちろん、最終的には、原作通りの悲劇のバレエにしたそうだが・・・
この曲だけでなく、プロコフィエフの【ロメオとジュリェット】の音楽は、
特徴的で、甘美だったり、鋭かったり、ひねくれてみたり(?)
しかし、どれもが、近代音楽の最先端をいく響きに満ちている。
興味がある人は、絶対に全曲聴いてみても損はないと思う。
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さて、私が出演したマンドリンオーケストラ【MYMO】の演奏会も終了しました。
ご来場くださったお客様、本当にありがとうございました。
1450人の人が聴きに来られました。感謝です。
今回の演奏会も、
一部のマンドリンオリジナル曲・クラッシック編曲物の真面目なものから、
二部の気楽なポピュラー音楽、はては、寸劇やショーそして手品まで、
幅広く演奏し、音楽だけでなく舞台として楽しんでいただけたと思っています。
しかし、個人的な感想ではありますが、
演奏はと言えば、この音楽日記と同じで、イメージ先行(笑)での音づくりで、
まだまだ、ちょっと荒く、技術的には、まだまだ練習と勉強がいると思います。
(100人のマンドリン合奏は、なかなか難しいものです)
次回は、2007年11月17日(土)に文京シビック大ホールでの演奏会となります。
今後とも、よろしくお願いします。
あれっ、これだけでは、私がなにをしているか、わからないですよね。
では、発表です。
誰かさんの予想通り、指揮者です。(ついでに、編曲者でもあります)
しかし、思った程、偉くないのです(笑)・・・あたりまえか
なんせ、プログラムの紹介文は、
【オケをまとめているいるように見せる詐欺師】
(千秋様を目指している、みどりのこびとちゃん)
なのですから・・・ははは
交響的物語【ピーターと狼】(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
さて、今日は、私の大好きな作曲家プロコフィエフの曲を紹介しよう。
私は、プロコフィエフの作曲技法?が実は大好きなのである。
そう、もし、作曲できるなら、プロコフィエフのような作品を書きたいといつも思う(無理無理)
今日は、交響曲でも、協奏曲でも、ピアノソナタでもバレエ音楽でもない。
しかし、おそらくは、この作曲家の一番有名な作品を書こうと思う。
そう、誰もが、サンサーンスの【動物の謝肉祭】と同じで、
小学校か、中学校の音楽の時間に聴いたであろう、(多分)
プロコフィエフが作曲した、交響的物語【ピーターと狼】である。
そう、この作品は、作曲者が子供のために書いた曲で、
ピーターという少年が、狼を捕まえる物語を、ナレーションと、管弦楽で
誰でも、わかりやすく、作曲されている。
曲は、作曲者の特徴である、現代風なわかりやすさが全面に出てきており、
モダンで、時には、鋭く、時に、叙情的な音楽が次々に現れ、楽しい限りである。
しかし、この曲の特徴は、なんといっても、
楽器にそれぞれテーマが与えられていることだろう。
弦楽器・・・ピーター
小鳥・・・・フルート
おじいさん・・ファゴット
狼・・・・・・ホルン
等々
そう、これさえ覚えておけば、ナレーションもある為、
誰でも物語の画面を頭にイメージできる。
さて、大人になってから、この曲をゆっくり聴いたことのある人は、少ないかもしれない。
実は、先日、この曲をゆっくり聴いてみた。
もちろん、どの楽器が、どの動物か人物かを完全に覚えて、聴いてみた。
ナレーションも日本語で物語の筋が、よくわかる。
音楽を聴く・・・
物語のイメージが頭の中に浮かぶ・・・
浮かぶ?・・・えっ?
いや、しかし、なぜだろう、何故か、イメージがわかないのである。
音楽が悪いわけでない。
作曲技法が悪いわけでない。
そう、ここまで、
この音楽は、こうですよ。
ここは、これを表していますよ。
とストレートに言われると、逆に全く物語に入り込めない。イメージがわかない。
せめて、楽器がなにを表しているか、先入観なく聴いたら、もっとイメージできたと思う。
音楽とは、難しい。(いやいや、単に私があまのじゃくだけかもしれないが・・・)
この曲も先入観なく聴ければ、いいのだけどなあ・・・
そう、この曲は、最初に聴くには、もちろんナレーションがあった方がいいけど、
その後は、ない方がいいなあ。
その方が、イメージできる感覚が増える気がする。
まあ、プロコフィエフの曲は、いっぱいあるので、別の曲を聴けばいいだけだけど・・・
いえいえ、しかし、もちろん、この曲は、よく出来ていますよ。名曲ですよ。
ちょっと私の聴き方が悪いだけですから・・・・
音楽は、難しい。
さて、ワールドカップ期間中は、出場国の作曲家から書くっていっていたのに、
プロコフィエフは、ロシアじゃないのか、とつっこみをいれる人いますか?
(絶対にいないな、そんな人(笑))
ははは、プロコフィエフは、現在ベスト8に残っている国の中の人なのです。
プロコフィエフは、ウクライナ出身なのですね。(知っていましたか?)
交響曲第7番【青春】(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
さて先日、プロコフィエフのピアノ小品集「つかの間の幻影」を書いたが、
プロコフィエフの作品の中で、私は、すごく好きな曲がある。
それが、交響曲第7番である。(たまには、小品でなく、大曲も書かなくっちゃね・・・)
プロコフィエフの交響曲は、全部で7曲あり、
パロディ的な第一番、現代的な響きの第2番~第4番、
恐ろしく豪快で派手で緻密な第5番、ちょっと変わった第6番のどれも、いいと思うが、
第7番は、その作曲の背景と、その美しさを考えると、涙してしまう。
この交響曲を聴いたことがありますか?
この交響曲は、プロコフィエフのトレードマークともいえる
鋭角的なリズムや、暴力的な音や、初期の現代的な響きは皆無である。
あまりにわかりやすく、あまりに美しく、あまりに楽しい(そして悲しい)交響曲の為、
「過去の音楽」という批評も多い。(作曲年代は、なんと1952年)
この曲は、4楽章からなっている。
第一楽章・・・始まりの第一主題もすばらしいが、第二主題は最高に甘美。
第二楽章・・・チャイコフスキーのバレエを思わせる、わかりすいワルツ
第三楽章・・・とてもとても美しい、ゆっくりした音楽
第四楽章・・・楽しい音楽だか、最後に第一楽章第二主題が再現する所は、感動的。
最近は呼ばれないが、昔は、この曲には、【青春】という副題が付いていた。
この副題は、プロコフィエフの妻か、作曲者自身か誰が言ったかわからないが、
作曲者自身の青春を描いたものというところからきている。
さて、ロシアの近代音楽家、プロコフィエフ・カバレフスキー・ショスタコービッチ・ハチャトリアン等の
曲の評価は、難しいと言われている。
どうしてもそこに、当時のロシアの政治体制がからんできて、
その当時の政治体制に合った音楽であり、
わかりやすい音楽を書かされただけだ、という評価がある。
しかし、よく考えてみて欲しい。
モーッアルトは、当時の貴族を喜ばすための曲を多く書いているし、
バッハは、当時の教会の為に数多くの曲を書いている。
作曲家は、好む好まないを関わらず、そりぁ、自分の周りの環境に左右されるだろう。
芸術のみを追求して、他のことはまったく影響しない方が少ない。
というより皆無だろう。
クラッシック音楽は、また、制約の音楽だと思う。
そりゃ、なんでもありの芸術は、おもしろいのは間違いない。
しかし、なにかの制約の中で、どれだけ芸術的なものが書けるかも、醍醐味だろう。
(ちょっと違うかもしれないが、左手だけという制約があっても、
ラベルの左手の為のピアノ協奏曲は、傑作だろう。)
当時の作曲について、プロコィエフ自身は、
「複雑な曲を書く方が、簡単な曲を書くより、やさしい」とか、
「高い音楽性を持った、簡単な曲を作るのは、難しい」とか、
言っている。
当時のロシアの政治体制から言われた、
社会主義リアリズムにあった、わかりやすい音楽の中で、
どれだけ芸術上の高い音楽性をもった音楽ができるか、苦悩したことだろう。
この交響曲第7番を作曲していたころは、プロコフィエフは、
病気でかなり具合は悪く、初演された1952年の翌年に没している。
そんな環境の中で、この簡素な美しさを持った交響曲が書けたのは、天才だろう。
この曲の中で、私が特に好きな場所は、
なんといってもあの美しい主題が、第一楽章第二主題が終楽章で、再現する所である。
そして、静かな冬の厳しさのような終わり。(まあ、別の終わり方もあるが・・・)
この最後の部分で、じーんとくるのである。
映画音楽的だ、俗っぽすぎる、時代に合っていない、等と言う批評は、あるだろう。
しかし、私は、この曲こそ、作曲家プロコフィエフの最後の最大傑作だと思っている。
今日の音楽日記は、なかなか真面目な文章になってしまった。
まあ、たまには、いいか・・・
つかの間の幻影(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
今日の音楽日記は、リクエストにお応えして、
プロコフィエフ作曲のピアノ小品集【つかの間の幻影】である。
(って、こんなマイナーなブログに、リクエストなんかあるの?(笑))
さて、前にも書いたが、私がなりたい作曲家の作風の第1位は、
ショパンでもリストでもなく、プロコフィエフなのである。
(ちょっとだけ変わっているかもしれないですね。)
プロコフィエフのどんな作風にひかれているというと、
・凄く鋭角的な旋律と鋭角的なリズムと思えば、叙情的な旋律もすごい。
・旋律の動きが、独特で、予測できなく、おもしろい。
・ピアノ曲は、ピアニスティクな表現にあふれている。
・わかりやすい曲想だが、けっして古さを感じさせない。
・なぜか、私にとっては、イメージがわく曲想
さて、この20曲からなるピアノ小品集【つかの間の幻影】は、
一曲が、数秒~数分しかない小品ながら、上記のエッセンスがつまった、
私のようなプロコィエフ好きの素人ピアニスト?にとっては、
宝物のような曲集である。
(だって、ピアノソナタなんて、まともには、手が出ないですもんね)
さて、この曲集は、幻影というだけあって、
どの曲もなぜか、とてもとてもなつかしいイメージでいっぱいだ。
さて、20曲の中から9曲を選んで、私のイメージを書いてみよう。
第 9番・・・海岸のさざ波のイメージ
(冒頭の右手は悲しいが指がとどかない。最後の複調の部分いいなあ。)
第 3番・・・とてもとても懐かしい小学生の頃の思い出
(粋な旋律。こういう旋律の動きは大好きですね。)
第17番・・・雪が踊っているイメージ(笑)
第18番・・・さびれた風景の幻影。
(こういう転調になぜか私はひかれる)
第11番・・・みどりのこびとちゃんの踊りのイメージ(笑)
(こういう音の動きも大好きですね)
第10番・・・プロコフィエフの他のピアノ曲思わせる。楽しい曲
第16番・・・私には、なぜか悲しみの祈りに聞こえる・・・
第 6番・・・いたずら好きな少年。
第 5番・・・この機械的な動きと、とびはねるリズムは、プロコフェフ独特ですね
もちろん、この他の曲も、とてもイメージがわきやすい曲がつまっている。
さて、気が付いた人もいるかもしれないが、上記は、曲順がバラバラである。
この9曲の選曲と順番は、どうして選んだか、おわかりですか?
実は、プロコフィエフは、自分自身の演奏で、自作のピアノ曲を録音している。
その中には、つかの間の幻影の録音もあり、
20曲から、9曲選ばれ、上記の順番で演奏されて、
あたかも、9曲の組曲のような構成になっているのである。
作曲者の自作自演が必ずしも、絶対のものではない。
どちらかというと、名演でない場合が多いのも事実である。
プロコフィエフの自作自演の演奏は、録音のせいもあるが、
思ったより、ロマンティックであたたかい演奏である。
ひょっとしたら、こんな演奏を望んでいたのかもしれない。
(ピアノ協奏曲第3番でも結構、ロマンティックであたたかい。)
一聴の価値は、十分にあります。
5曲目なんか、9小節目で、テンポを落とすのですよ・・・
古典交響曲よりガボット(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
実は、私は、ロシアの作曲家プロコフィエフが大好きだ。
いやいや、正確に言うと、曲というより、その作曲技法?が好きなのである。
リストやショパンやラフマニノフも大好きだが、
好きという感覚がちょっと違う。
例えば、メフィストフェレスが現れて、
「おまえを作曲家にしてやるから、どんな曲が書きたい」
と言ったとしたら、私は、
「プロコフィエフの様な曲が書きたい」と答える様な気がする。
(なぜか、こんな時には、リストやショパンやラフマニノフは出てこない)
そう、プロコフィエフは、現代的な響きのくせに、やたら古典的だったり、
叙情的な旋律は、急に半音上がったり、下がったりして、変な転調をするし、
そのくせ、ユーモアもあるし、難解さもある。
見果てぬ夢だが、一生のうちに一回は、プロコフィエフのような曲を書いてみたい。
(って、それなら普通の曲の作曲の勉強をするのが先決だろう(笑))
ということで、今日の日記は、プロコフィエフである。
悪魔的暗示のようなピアノ小品や、9曲のピアノソナタや、
5曲のピアノ協奏曲など、大好きな曲は、いっぱいあるが、
私も、弾いて楽しむことのできる(もちろんいつもの様に適当だが)
古典交響曲より第二楽章のガボットを選んだ。
古典交響曲は、プロコフィエフの最初の交響曲で、
「ハイドンが現代に生きていたらこんな交響曲を書いただろう」
というコンセプトの元、作曲されたオーケストラ曲である。
もう、それはそれは、楽しい曲で、現代的な鋭利な響きの中に
ハイドンのユーモアがちりばめられている。
私は、管弦楽で合奏をしたことがないが、
きっと、弦楽器の人など、弾く方も楽しいだろうなあ。
管弦楽で聴く、古典交響曲も楽しいが、
プロコフィエフのピアノの自作自演のレコードの中に、
この交響曲の第二楽章ガボットを弾いた録音が入っている。
最初に聴いた時から、これは、純粋なピアノ曲だ
と感じた程、ピアノで弾いても違和感の無い曲だ。
ピアノ譜はわずか二ページだが、ピアノソナタとは違った一面の
プロコフィエフのユーモア面が全面にでている。
スッタカートや、ペダリングや、トリルなど、
私にとっては、難所がちょっと続くが、
弾いていて、心が弾む。音楽も弾む。
あーあ、プロコフィエフのような曲を作曲したいなあ
と夢をみている男であった。・・・・・・・
(ちなみに、この作曲家のロメオとジュリエットのピアノ編曲版も楽しいです。)
ピアノソナタ第7番(プロコフィエフ) [プロコフィエフ]
ロシアの近代作曲家プロコフィエフ(ピーターと狼で有名ですね)のピアノソナタは、
全部で9曲あるが、なんといっても7番がもっとも有名であるし、
私もこの9曲の中では、7番が最も好きだ。
(しかしですね、1番から3番の初期のピアノソナタもすごくすごくいいと思うんですよ。
確かに、後期のピアノソナタの方が、プロコィエフの特徴がでているのですが、
一番のピアノソナタなんて、ラフマニノフのソナタと言ってもわからないかも・・・)
まあ、今回は、ピアノソナタ第7番の日記である。(一番のソナタの日記はまたの機会に)
なんといっても、この7番の最後の楽章を最初に聴いた時の興奮は、忘れられない。
ちょっと現代的な響きもするけど、けっして聴くのにとっつきにくい曲ではない。
どちらかと言うと、ピアノをぶっ叩く感じで弾くピアニストもいるが、それはそれで、
ある種の快感をおぼえる。(同じ作曲者のトッカータや悪魔的暗示の曲もそうだが・・・)
第一楽章・・・最初の主題は、変な音階だか、なぜか気になる。
(携帯電話の着メロにいいかも、と思っているのは私だけ?)
第二楽章・・・叙情的なゆっくりした楽章
(ちょっとだけホワイトクリスマスの旋律に似ていると思ったが、やはり似ていませんね)
第三楽章・・・7/8拍子で猛烈なスピードでピアノを打楽器的に弾くすばらしい楽章。
(2-3-2のリズムは、慣れてしまえば、なぜかロックの様にのれます)
私は、この曲、もちろん弾けないので(あたりまえですね。だから勝手に書ける訳で・・・)
残念ながら、腕に覚えのあるピアニストの演奏を、聴く楽しみだけになってしまう。
ポリーニの機械のような完璧な演奏も大好きだが、
この曲に限っては、スルタノフの熱気と興奮あふれる演奏が好きだ。
(私が持っているライブの映像は、音を間違えようが、ガンガン弾いている)
個人的には、ちょっとすましたスマートな演奏は、この曲ではあまり好みではないなあ。
この曲の第3楽章が弾ければ、ずいぶん、ストレス発散になるのは、間違いない。
ピアノのかわいらしい小品をのんびり弾くのもいいが、
たまには、ピアノを思いっきり叩いてストレス発散してみたい気分になることはありませんか?
(まあ、弾ければひけたで、和音の長さとか、ペダルとか注意することいろいろあると思うけど)
(あーあ、これだからA型はいかんよな)
しかし、ピアノを弾いてストレス発散するより、外でスポーツかなにかですよね、やっぱり・・・・・